ブリミアさんと私の関係(後編)
- mamikoouchi
- 1月17日
- 読了時間: 4分
みなさん、こんにちは!
去年、ブリミアさんとの関係について(前編)を書いたあと、少しだけそわそわした気持ちがありました。
10年以上前のことになりますが、今まで誰にも話さなかった長い年月のことを公の場に書いたことで、それは私の中で、ひとつの「過去」としてちゃんと置けるものになったと感じています。
後編を書くことも、正直、勇気がいりましたが、今の自分の言葉で書ききりました。
よかったら、続きを読んでもらえたら嬉しいです。

生きていくしかなかった時間
今思うと、シングルマザー時代の2年半は、どうやって走り抜けたのか自分でも不思議に思うほどです。
振り返ってみると、精神的に少しおかしかったところもありました。
でもきっと、おかしくならなければあの生活はやっていけなかったのだと思います。
とにかく忙しくて、正直に言えば、あの2年半の記憶は、ほとんど残っていません。
子どもたちは、どんなふうに育っていたんだろう。
ちゃんと笑っていたんだろうか。
私は、どんなママだったんだろう。
ちなみに自分の母親には、「離婚した娘を日本で迎えるわけにはいかない。絶対に帰ってこないで」と言われ、人生で二回目の絶縁関係になりました。笑
そう、 私には頼れる人はいませんでした。
一人で、どうにかやっていくしかないという恐怖。
将来への不安。
毎晩、深酒。
前旦那との関係もとても悪く、言い争いをするたびに心が少しずつ削られていくようで、そのたびに私は、ブリミアさんのほうへ引き寄せられていきました。
切実な判断
フルタイムで働いていたとはいえ、生活は苦しく、お金も底をつき、冷蔵庫の中にもう食べるものもなくなりそうになったとき、ふと、思ったのです。
「過食嘔吐をしてお金をトイレに流している場合じゃない」と。
それは、回復の決意というよりも、子どもたちを育てるための切実な判断でした。
押し潰れそうになりながらも、おかしくなりそうになりながらも、
それでも私は、子どもたちを育てることだけは絶対に守り続けたかった。
ブリミアには、絶対に負けない。 そして、子どもたちに迷惑はかけない。
子どもたちを育てること ー それは、自分をこの世界につなぎとめるための細い糸のようなものだったのだと思います。
今思えば、私がブリミアを本当の意味で手放せた理由は、
やっぱり 子どもたちを育てたかったこと。
そのためには、 自分が強くならなくてはならないと 思ったこと。
そして、 強くなろうとする過程で、 少しずつ 自分を好きになれたこと。
だったのだと思います。
たとえば、車の運転ができるようになり、 行動範囲が広がったこと。
たとえば、キャリアを持ち、「できない私」ではなく、
「できることが増えていく私」を感じられるようになったこと。
そして何より、自分を好きになること。
自分を慈しむこと。
自分を肯定できるようになること。
それは、簡単そうに見えて、私にとっては人生で一番難しいことでした。
でも私は、時間をかけて、ちゃんとそこに辿り着いた。
今は、そう思っています。
人はそれぞれ、違う過去を生きてきて、それぞれに大変なことを抱えながら、その積み重ねの先に、今があります。
まだブリミアさんと お別れできていない人もいれば、 もう手放せた人もいる。 どの段階にいても、 今ここにいる自分を、 どうか大切にしてあげてほしい。
だから、Lovers Knotがある
オーストラリアのバイロンベイという、 小さな街にある前撮りの会社に、 人生の中でもとても大切な 前撮りという時間を 任せてくださるということ。 それは、 ただ写真を撮るということ以上に、 その人たちの想いや背景、 人生の一部を 預けてもらうことだと 私は思っています。 だから私は、 ブログを通して、 「こんな人間です」と できるだけ正直に伝えたい。 私自身も、 裸になるような気持ちで、 ここに立っています。 ここまで書いてきたことは、 私という人間の話です。
そしてその感覚が、 今の Lovers Knot の 土台になっています。
Lovers Knot は、 完璧な誰かになるための場所ではありません。
その人が、 その人生を生きてきた ままの姿で立っていい場所でありたい。
最後まで読んでいただきありがとうございました♡ 次はもっと明るいトピックでいきますね!笑




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